ソフトバンクのARM買収は大いに評価できる 対する批判は間違いだらけ

2016年7月18日に久々に株式市場にとって景気の良いニュースがありました。

ソフトバンクが円換算で3.3兆円で英国の半導体企業、ARMを買収すると発表しました。

今後は英国裁判所の認可と、全株式を取得するため株主による議決が焦点となりますが、およそ買収できるとみてよいでしょう。

ですがこの買収劇に関して、金融、特にコーポレートファイナンスについて知らないのにもかかわらず単なる感情論でソフトバンクを批判しているのが多数目につきます。

金融業界の常識という観点から一刀両断してみました。

最初に断っておきますが、私はこのディールに関して全くひとかけらも内部者ではなく、ニュースで買収を知りました。完全にこの買収に関して部外者です。以下書いてあることは、たとえコーポレートファイナンスをやっていなくてもこの業界の人なら「常識」と言える観点から書いたものです。

CPUではなくMPU

さてARMとはどういう企業かというと、MPU(MicroProcessorUnit)を設計している企業です。CPUと報道している新聞社も多いですが正しくはMPUです。CPUというのはソニーでいうウォークマンのような商標であって、Intelが作っているMPUのことをCPUと呼ぶのです。Intelが製造しているかどうかにかかわらず、x86アーキテクチャのプロセッサならCPUと呼ぶこともあります。

x86プロセッサは現在のデファクトスタンダードといえるMPUです。パソコンはもちろん、独自路線をいっていたNECも98パソコンを大昔にやめてx86にしてしまいましたし、Apple社のMacにしても独自MPUをやめてIntelCPUを採用するようになりました。

またスパコンに関しては日本ではSparcアーキテクチャという大学で好まれるものを使っていますが、チャイナのスパコンなどはIntel製のx86アーキテクチャのCPUを大量接続してスパコンを構成しています。

Intel CPUは負の遺産があるためモバイルではARMに勝てなかった

実はARMが設計するプロセッサというのはx86ではありません。つまりIntelの技術に依存してないのです。

AMDというIntelの後を追う企業がありますが、AMDのプロセッサはIntelと同じx86です。でもARMは違うのです。

なぜARMはx86アーキテクチャを採用しなかったかというと、ARMは負の遺産を潔く切り捨てたからです。

Intelのx86というのは80年代から存在しており、当時開発されたソフトウェアも現在のCore i7でしっかり動くようになっています。つまり昔のCPUで開発されたソフトウェアも現在の最新のCPUで動くように互換性を維持しています。

これはつまり大昔に「この仕様は失敗だった。」というものが発生し、後から見たら失敗だったとおもえる技術であってもずっと引き継いでいるのがIntelのx86です。

互換性を維持するがために、過去の負の遺産を捨てることができないのがIntelのx86だと思ってください。

だからx86プロセッサのハードウェアというのは複雑怪奇でありとても汚いです。とても綺麗なハードウェアとは言えません。

それは大昔のハードウェアも搭載しなければならないために、余計な電子回路まで組み込まなければならないからです。

それゆえに、x86プロセッサは省電力性に劣ります。余計なハードウェアを搭載しているからハードウェアをシンプルにできず、なかなか消費電力を下げられないのです。

またスマホのようなモバイル端末はメモリやストレージが十分というほど大きくありません。だからプログラムサイズを小さくした方が電池を持たせる意味でもいいのですが、x86はプログラムサイズを小さくすることを念頭に置いて設計されたものではないのでプログラムのサイズが大きくなりがちなのです。

これはバッテリーで駆動するスマホやIoT機器にとっては不利です。

その点、ARMプロセッサはx86のような負の遺産を綺麗さっぱり切り捨ててハードウェアをシンプルにしました。よって消費電力を下げることができました。

またARMプロセッサは1つ1つの命令をシンプルにするRISCという命令セットを用いていながら、よりプログラムサイズをコンパクトにするためにSISCという側面ももっています。ハードウェアをシンプルにしつつも1つの命令に多くの動作を詰め込むことによって、低消費電力、省メモリ、省ストレージという全部入りを実現しています。これも負の遺産を切り捨てたからできることです。

同じことが例えば私も使っているCMSのWordPressにも言えます。WordPressは「本当はこの仕様は失敗であり、思い切って改善したい」といった部分が本当に多いのです。ですがWordPressの開発陣はそれを変更しません。なぜかとうとWordPressがあまりにも普及しすぎてしまったために、思い切って仕様を変更するというドラスティックな改良ができなくなってしまったからです。IntelCPUも同じであり、あまりにも多くの官公庁や企業に採用されてしまったため、仕様を変更するとそれまでのソフトウェアが動かなくなりあまりにも影響が大きいため、仕方なく失敗とされる仕様を引き継いでいくしかないという状況に置かれているのです。

すでに飽和しているIntelと伸びしろがあるARM

Intelはパソコンとスパコンのコプロセッサでは成功しました。ですが現在パソコンは出荷数が減少傾向、さらにスパコンのようなハイパフォーマンスコンピューティング目的でプロセッサを調達する上でもIntelプロセッサはそこまで魅力的ではありません。

チャイナのスパコンこそIntelCPUを採用していますが、日本はSparcアーキテクチャですし、今後高性能が要求されると見込まれる深層学習(機械学習、人工知能)分野においてもIntelCPUじゃないとできないわけではありません。

むしろ余計な負の遺産を切り捨てているARMのほうがむしろハイパフォーマンスコンピューティング分野においても伸びしろがあるとする向きもあります。

ARMは今のところ、小型で低速なモバイル向けという住み分けでIntelと勝負しています。ですがソフトバンクの孫正義社長は、深層学習などの人工知能分野でもARMプロセッサを活用することを考えているようです。これはスパコン向けのプロセッサ開発にも手を出そうとしていると私は受け止めています。

適正価格より高く買ったからソフトバンクの株価が下がった

さて買収が発表された翌営業日、ソフトバンクの株価は大暴落しています。この理由は明快です。

まず株価というのは純資産に裏付けされています。企業の貸借対照表というのは総資産がまずあって、次に他人のお金である負債の部があります。そして総資産から負債の部を差し引いたものが純資産です。

そして株価というものは、この純資産が裏付けになって価値付けられているということを十分に認識する必要があります。

株というのは単にオークションゲームで価格がつり上がっているのではありません。しっかりと裏付け資産があります。それが貸借対照表の純資産です。

この純資産が増えると見込まれれば株価は上がります。減ると見込まれれば株価は下がります。

今回ソフトバンクは適正価格より1兆円高く株式を買い付けることになりました。よって1兆円ぶんだけ純資産が減ります。純資産が減れば株価は下がる。これは常識です。

日本の会計基準では”のれん”というものがあり、企業を高く買った時はのれんを計上して貸借を揃えることをやっています。そして20年などのその買収した企業が価値を維持する期間をみつもって、のれん償却費として費用として少しずつ償却していくのです。

ですが国際会計基準のIFRSではのれんというものがありません。のれんを償却しなくてよいので利益を押し下げることにもなりません。

ですが買収した企業が思うように上向かない場合は、減損処理としてのれんを一気に顕在化させることになります。いわば隠れた利益押し下げ要因のようなもので、株価はこれを織り込んで下がっているというのが正しい見方です。

だから株価はARM買収に失望して下がっているのではありません。1兆円高くかったからその分だけ価値を引き下げざるを得ないからです。

回収すべきは3.3兆円ではなく1兆円

ソフトバンクによるこの買収を批判している人が使っている主な理由として「3.3兆円もどうやって回収するんだ」というものがあります。これは完全にファイナンスを知らないと言わざるを得ません。

回収すればいいのは高く買った分の1兆円だけです。もとのARMの適正価値2.3兆円は回収する必要はありません。なぜなら株を売れば2.3兆円手に入るからです。

これは投資というものを費用だと捉えてしまっている人が多いからです。

例えば1万円の本を買ったとします。その本を読むことによって1万円の収益が得られたとします。1万円の収益に1万円の費用、これなら利益は0ですが「投資分は回収できた」と考える人が多いでしょう。

つまり今回のソフトバンクの買収を批判する人は「3.3万円の本を買ったのに1万円しか回収できないのでは意味ないじゃないか」と言うわけです。

これは大きな誤りだということはお金に少しでも強い人ならわかると思います。

本の場合はその本を売っても100円くらいにしかならないかもしれません。本なんていうのは一度買ったらタダ同然の価値しかないと思う人がほとんどです。なぜなら本は金融商品じゃないからです。

でもARM株というのは金融商品です。「2.3万円の株を3.3万円の株を買って1万円利益があがった。1万円しか回収できてないじゃないか。」なんて文句をいう人は居ないでしょう。むしろ1万円もリターンがあって元が取れたと考えるはずです。

つまり買収したARM株の2.3兆円部分は金融商品として価値があるわけです。それを元手に1兆円さらに回収すれば十分元は取ったことになります。このことを理解していない人が本当に多すぎます。

日経新聞より買うタイミングがうまいソフトバンク

日経新聞はFinancial Timesを買収しましたが、よりによってポンド円が高いときに買ってしまいました。またFT買収のときはマイナス金利の作用がそれほど顕著でなかったため、銀行はなんとしてでも貸出を増やしたいというインセンティブにも欠ける頃でした。今は国債の利回りがマイナス0.3%にもなっており、国債を購入することはうまく売り抜けないかぎり損が確定する取引です。だから銀行により強くでることができる今のほうが、日経がFTを買った時よりも有利な状況です。

しかも現在は英国がEU離脱を決めた直後ということもあり、英国内では「英国は世界の投資家からそっぽを向かれて取り残されるんじゃないか」と不安にかられているときです。そのときにこの大型買収ですから、新任のメイ首相も歓迎を表明しています。もしこれが英国絶好調のときだったら「また日本が海外の企業を買い漁ってる」と80年代半ばにマンハッタンの不動産を買い込んだ三菱地所を彷彿とさせる日本のように悪く言われたかもしれません。

ポンド安であり銀行は貸出をしたくてたまらない状況、さらに英国が弱っている状況というのはとても好機だったと言えます。

欧州のリーマン・ブラザーズ買収で失敗した野村證券より賢いソフトバンク

大型買収が完全に失敗におわった例として有名なのは野村證券によるリーマン・ブラザーズの欧州部門の買収です。結局黒字転換できずに終わりそうです。

この買収が失敗だっったのは、相手が投資銀行という特殊な業態だったことにつきます。投資銀行業務においてはまず顧客とのRMが重要なので中で働いている従業員こそが収益の裏付けです。別の投資銀行に従業員が移ると顧客ごとごっそり持っていかれることもあります。つまり財務アドバイザリを受けたい企業側からすると、どんな投資銀行かということより誰が担当してくれているかということのほうが重要なのです。

ですがリーマン・ブラザーズ欧州部門からは野村證券が買収した後に大量に人材が流出しました。つまりはもぬけの殻ということです。これでは企業という空箱を買ったに過ぎません。

また市場部門においてもミスをしました。市場部門においてはデリバティブの評価モデル、自己勘定売買のモデルなどのITとして実装されている部分が非常に重要です。ですがIT資産はリーマン・ブラザーズ本体が継承し、野村はこれらのIT資産を取得できませんでした。よって人がでていったらIT資産もないのでこれまたもぬけの殻となります。

せめて金融商品の評価モデル、自己勘定売買を実装したIT資産を引き継ぐべきでした。

一方で今回のソフトバンクはどうでしょうか。ARMというのはプロセッサを設計して、その設計を知的財産としてライセンス収入、ロイヤリティ収入で儲けている企業です。つまりそれらの知的財産権の帰属先はARMという法人であり、従業員ではないわけです。だから従業員が大量退職してしまったとしても、ARMという会社にはプロセッサの知的財産権がまるまる残ります。ARMという企業は、大量退職されたら何も残らない投資銀行とは根本から違うのです。

またソフトバンクは以前にボーダフォンの日本法人も買収していますが、この買収も手堅いと言えます。なぜなら通信網という逃げない固定資産が手に入るからです。

ボーダフォン従業員が大量退職してしまっても、通信網や基地局などのハードウェアはしっかり残ります。この点からもソフトバンクがやってる買収は意外と堅実です。

ARMもボーダフォンも裏にはハードウェアというものがある点が大きいです。例えばゲーム会社として任天堂を買収することを考えてみたらどうでしょうか。任天堂は優良コンテンツを多数保有する企業ですが、ゲームというのは飽きられます。さらに著作権は永遠ではありません。次々にヒットするゲームを生み出していかなければならないため、こういったコンテンツで勝負してる企業というのは先行きがまったく見通せません。

でもボーダフォンのような通信網が手に入ればそれが飽きられるということはありません。将来的にコンスタントに収益をあげてくれるでしょう。またARMプロセッサに飽きたからなんて理由で手放す人はいないわけです。

こういった観点から、経年劣化しない企業を買収しているという点においてソフトバンクの買収は首尾一貫しています。

なぜこのARM買収を叩く人がいるか

ソフトバンクのARM買収を悪くいう人の理由の多くは、有利子負債が12兆円もあるのにこれ以上借金増やしてどうするんだというものです。

ですが債務超過にならないかぎり企業というのは存続します。ソフトバンクの財務諸表を見れば純資産の部に潤沢な資金があるのがわかります。アリババの含み益を実現されれば12兆円の負債は大したことありません。

しかも負債というのはソフトバンクにお金を貸してもいいという社債購入者や銀行がいるからこそ負債があるのであって、部外者に「お前の借金は良くない」と言われるのは余計なお世話でしょう。住宅ローンを組んで「なぜ住宅ローンを組むのか」と赤の他人におせっかいされているようなものです。

社債の購入者はソフトバンクの社債のリスクを理解した上でそれでもクーポンが魅力的だから買っているということです。また銀行もソフトバンクのデフォルトリスクを定量的に評価した上で、この貸付利率なら割に合うからということで貸し付けているわけです。部外者がとやかくいうことではありません。

またよくある批判がアリババ株のはあくまでも「含み益」であり「実現利益」ではないという批判です。本来含み益というのは市場関係者なら考慮するものですが、ソフトバンクを叩きたい人たちは「含み益なんてまだ実現してないからあってないような利益だ」と言うわけです。

これは結果ありきの「ためにする議論」というもので、総資産から負債の部を差し引いたものが純資産の部であり、その純資産が十分存在しているのだから何の問題もないわけです。

日本は任天堂のように一からすべての企業資産を育て上げて、企業買収に頼らない無借金経営を美として、ひたすらレバレッジをかけた借り入れによる買収は善としない人達が多く居ます。

でも日銀がなぜマイナス金利を導入しているか、日銀が国債を買い占めているかよく考えてみてください。これはマイナス金利にすることによって銀行は日銀当座に預けずに、企業に貸しつけて欲しいという意図でやっているものです。別に銀行をいじめたいから日銀はマイナス金利にしているわけではありません。

また日銀が国債を買い占めているのも、銀行は国債購入という楽な運用をやめてリスクのある企業への融資に資金を回してください、という意図でやっているものです。国債利回りを引き下げて日本政府を助けたいから国債を買い占めているのではありません。銀行のお金が企業にまわるようにするためにしているのです。

だからソフトバンクのように銀行からの借り入れによって次々に企業を大きくしていってもらうというのは、銀行にとっての本望でもあります。銀行法には企業を成長させるのが銀行の第一義的な目的だとしっかり書いてあります。

特に、ソフトバンクにお金を融通するみずほ銀行というのは少し前までみずほコーポレート銀行と呼ばれていた投資銀行業務、法人業務を専業に行っている人達が融資を決定したのであり、彼らのベテラン層は日本興業銀行からの流れをくむ優秀な人達です。銀行の信用リスク管理は一般の人が理解できるような簡単なものではなく数理モデルのオンパレードです。そういったものを考慮した上でみずほ銀行はソフトバンクに融資すると発表しているのでしょう。

さほど審査とか信用リスク管理に詳しくないのに、ソフトバンクが借り入れを増やしているからけしからんというのは、銀行のコーポレートファイナンス担当者やソフトバンクの財務担当者、そして企業へ少しでもお金が回るように苦心して金融政策を打っている日銀職員に対して失礼ではないでしょうか。

あまりにも金融を知らない人が、ソフトバンクを叩きたいからという理由だけで批判しているのが私にはとても不可解に映りました。