「(女が)普通に『かさ上げされる時代』は終焉」という見出しの寄稿が2017年5月19日のフジサンケイビジネスアイ第2面に掲載されています。
「高論卓説」という産経新聞でいう社説の「主張」や、外部からの寄稿である「正論」の中間のようなもので、外部の方が寄稿した社説のようなものです。
今回は朝比奈一郎氏が寄稿したものです。
見出しには「女性政治家受難の時代?」とも書かれています。
「?」を付けたのは、断定的に書くと男尊女卑だとかフェミニストがうるさいから一応疑問形にしておいたのでしょう。
私もそうですが、ほとんどの人は「女は無能」だということに気づいています。公の場で言わないだけです。
朝比奈一郎氏は、小学校1年の自分の息子の発言がきっかけとなり意識したようです。
以下引用しますが、太字、赤い太字は私が勝手に入れたものです。
子供は、普段はぼんやりしているが、たまに、鋭い洞察力を発揮する。
(中略)
同じ息子が、最近の仏大統領選挙でのマクロン氏の勝利を見て、「最近の選挙は、女性が最初は勝っているけど、最後は男性が逆転するね」と言う。息子のサンプルは、ヒラリー・クリントン氏有利だった米大統領選挙でのトランプ氏の逆転勝利と、マリーヌ・ルペン氏を無名だったマクロン氏が破った仏大統領選挙の2例しかないが、今度は、思い当たるところがあり、笑い飛ばせなかった。
昨年6月のペルー大統領選決選投票で、わずか0.24ポイント差で惜敗したケイコ・フジモリ氏(1回目の投票では、2位の現大統領クチンスキ氏にダブルスコアで勝利)の例は典型的に「息子の法則」が当てはまる。
さらに広く解釈すれば、女性初の大統領ながら、先般、不本意にも担任した朴氏の事例(後任は男性の文氏)も「最初は勝っていたのに逆転された」と言えなくもない。
もちろん、昨年は、台湾の蔡氏(総統)、イギリスのメイ氏(首相)のように女性が勝利した事例もある。ドイツのメルケル氏や、リベリアのサーリーフ氏のように長期政権を保っている女性トップも多々いる。「女性政治家受難の時代」とまでは言えないであろう。
ただ、各国で日本以上に女性の有力政治家が質量ともに普通になる中、女性というだけで評価が「かさ上げされる時代」が終わりつつあるのも真実だ。「勝つはずの女性政治家が、意外と最後は勝てない」という息子の法則を笑いとばせない背景には、こうした事情もある。
出所:フジサンケイビジネスアイ2017年5月19日2面
http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/170519/cpd1705190500002-n1.htm
ヒラリー・クリントンが男であるトランプ氏に負けたのは誰でも「女性の決定的な敗北」として認めざるをえないでしょう。
南朝鮮のパククネについては、明らかに「女性の活躍の終焉」として好例でしょう。
今のところ、例外はイギリスのメイ首相です。彼女は前キャメロン政権の負の遺産である”親シナ政策”から徹底的に脱却をしだしています。”媚シナ派”である第二大蔵卿を解任したレベルです。EU離脱も私は支持していますし、メイ首相には頑張って欲しいところですが、次の庶民院選挙で負けてしまうと「女性政治家の負け」という事例がもう一つできてしまうことになります。メイ首相はキャメロン前首相が辞任したことによって棚ぼた的に首相になったのであり、メイ首相はまだ一度も選挙を戦っていませんので、国政選挙で4連勝している安倍首相とはかなり異なります。
またドイツのメルケル首相は明らかに「女性政治家の負け」の典型例でしょう。彼女は失政続きだからです。移民受け入れでドイツを混乱させた張本人として、「女性の活躍の失敗」として長く語り継がれるでしょう。
脇役や裏方としては女性は活用のしようがあるが、リーダーとなると確実に失敗し敗北する
同じ記事では、坂本龍馬を例にあげて、坂本龍馬の活躍には周辺女性のサポートが必須だったと記載されています。
つまり女性はサポート役に徹すべきであり、自らが表舞台に立つリーダーには向いていないという傍証です。
昔、テレビによく出ていた某女性が「女名義で不動産を持つと不幸になる」、「男をたてられない女に価値はない」と男尊女卑発言を繰り返したことから女性に嫌われテレビから消えてしまいました。まったく正論を言っているわけですが、耳に痛い、それを受け入れられないババアが猛反発していたようです。
この某女性が言うように、女が家長になったり、男のサポートに徹することのできない女は確実に没落します。
何事も適材適所であり、男はリーダーシップを取るための存在であり、女はサポート役に徹するために存在しているものなのです。
賤業婦から衆院議員になって生まれと育ちの悪さがでた上西小百合
出自が賤業婦である上西小百合もそうです。水商売に関わるのは生まれも育ちもわるい女の典型例です。「名は体を表す」と言いますが、私の知り合いである「小百合」という名前の女性は父親が自殺している母子家庭であり、上西小百合のあの賤業婦としての顔も見た目も主義主張もそっくりです。
上西小百合は明らかにメンヘラであり、議会で暴言をはいて注目されてないと自分を維持できない精神病患者だと言えるでしょう。私の知り合いの「小百合」も同じくメンヘラだからわかりますが、彼女達はあれこれくだらない主張をするので男に嫌われ非常に男運が悪く、またそのような性格の女性になってしまったことを自己嫌悪しており、夜になるとメンヘラ状態が噴出し「なぜ自分はこんな醜い不幸な発言をする女になってしまったのか」と苦しんでいます。上西小百合も議会では大きなことを言っていますが、帰宅して一人になったとたんに自分の口の悪さで「どこで間違ってこんな女になってしまったのか」と苦しんでいることでしょう。
女は勉強しても報われないとわかり男尊女卑社会である日本が原因で性格がひねくれた民進党山尾志桜里
女としてリーダーシップを取ることを目指して勉強してきてポッキリ折れてしまう女性は非常に多くいます。高橋まつりもその一人であり、民進党の山尾志桜里もその一人です。
山尾志桜里は小中学生時代から「勉強をして東大を出れば女でも活躍できる」ということを信じて勉強一筋でやってきた人物です。「勉強すれば女性でも報われる」ということを拠り所して生きてきた人物と言えるでしょう。
司法試験に合格し検察庁に入ったものの、「勉強すれば女性でも報われる」はまやかしであったことを彼女は理解します。「いくら東大をでても司法試験に受かっても男でなければ出世できない」と社会人になって初めて理解したわけです。はっきりいって遅すぎると思います。だから勉強ができるできないに関わらず女は馬鹿なのです。
そして「いくら勉強ができても女では出世できない」という原因を彼女は探しました。それは日本古来から続く男尊女卑にあることがわかり、とくに1955年から続いた55年体制で自民党が担ってきた政権が男尊女卑社会の原因であると敵視しはじめたわけです。同時にそのような社会を受け入れている日本国にも嫌気が差し、今のような反社会的勢力活動を行う政治家になったという流れです。
普通に考えるなら、無難にある程度検察庁で働いて、そのうち自民党からお声がかかるだろうからそのときに自民党公認候補として政治家に転身し、自民党内部で階段を一段一段上っていて出世すればいいだけの話です。
しかし彼女はたった3年で検察庁を辞め、男尊女卑社会の原因であると彼女がみなす自民党を潰すために旧民主党・現民進党に所属し、徹底的に自民党の邪魔、日本政府の邪魔、売国活動に勤しむといったひねくれた人生を送っているわけです。
山尾志桜里の親も「こんなひねくれて他人に汚らしい暴言を吐く娘になって欲しくなかった」と思っているでしょう。山尾志桜里は典型的な親不孝者です。そしてそのようなことをしても、絶対に幸せな女性になれるわけがないと最もよく理解してるのは他でもない山尾志桜里本人です。彼女の性格からいって考えを改めるということができない人物なので、おそらく死ぬ間際になって「私はいったいどこで間違ってしまったのか」と苦しむ最期を迎えることになるでしょう。
「女性政治家受難の時代」の好例としてリーチがかかっている民進党蓮舫代表
蓮舫代表はもはや無能という評価が確定しまっているので逆につまらないと言えます。「女は最初は勝っていても最後は負ける」のうち、もう「最後」に限りなく近いところまで確定的に来てしまっているのが蓮舫代表なので、あえて私が説明するまでもないでしょう。