財務省事務次官が35年ぶりに主税局長出身 良い意味でのリスク

財務省事務次官といったら主計局長を務めた者がなるというのが当然という慣例がありました。あたかも有史以来決まっていたかのように毎回そうなるものでした。

ですが今回は主税局長出身者が財務省事務方トップの事務次官になりました。

企業で言えば総務部や企画部畑の人ではなく、長く営業部長をやっていた人が社長になったようなものです。

主計局というのは税や国債で集めたお金の使いみちを決定するところです。自衛隊を重視して安全保障のために使うか、社会保障に使うか、オリンピックでメダルを獲得するために使うか、税や国債を通じて集まったお金の使いみちを決定する主計局の人が事務次官になるのが慣例でした。

逆に主税局というのは税の制度そのものを設計しその内容に従って国税庁が徴収をします。

どちらかというと「どのようにお金を集めるか」という観点で働いていた人が財務省のトップになりました。

今回の人事は急に出てきたものではありません。

官公庁では同期入省組の中で、事務次官候補からはずれた者は退職しどんどん再就職していきます。そして残ったのが佐藤慎一氏のみだったので、財務次官になるのはほぼこの人で確定だったわけです。

なぜそのようになったかというと他の同期の人事権を握っているのは官邸であり、主税局出身だった佐藤慎一氏が残るように以前から人事を安倍内閣が行ってきたからです。

官公庁ではある程度責任ある立場になると特別職といって、一般職ではない国家公務員になります。国務大臣や国会議員も特別職です。

この特別職の人事権は現在官邸が握っています。国会議員から選ばれた首相などで構成される内閣と内閣官房主導で、官公庁のトップ人事が決まるという「政治主導」を徹底したものですが、三権分立という観点からいうと立法府の国会が、行政である官公庁の幹部人事すべてを握っているという三権分立に反したものになっています。これは安倍内閣の間は良いでしょうが、また民進党政権になったら逆にこわいことになります。

金融で言えば今回のような官邸主導の人事は「リスクが大きい」と言えるでしょう。

当然ながら「リスク」というのは金融においては悪い意味では使いません。利益を生むのもリスクがあるからです。

安倍内閣の間は官邸主導の人事は良い結果になるでしょうが、逆に間違った人事をしてしまうと一気に行政の機能が悪化するという恐さもあります。

かつては官公庁のトップ人事というのは官公庁の職員(いわゆる官僚)の身内の評判で決まっていました。

幹部候補の国家公務員の中で優秀な人というのはかならず「あの人は優秀だ」という噂が一緒に働いている国家公務員の間でたち、霞が関全体でコンセンサスのようなものが取れてきます。

そういった全体の総意のようなものを参考にして、同じく国家公務員である人事院の職員は幹部人事を発表していました。人事院はあくまでも「儀式」をやるだけであり、誰にするかどうかは霞が関全体の意見を元に決定していたわけです。

結果的に局長や事務次官といった幹部人事は、霞が関で働く国家公務員の評判で決まっていたのです。そこに国会議員が口を出せる余地はなかったわけです。だから菅直人元首相のように震災対応でめちゃくちゃなことをしても、その下で働いている国家公務員の事務方の人たちがしっかりしていれば振り回されずに震災対応ができる余地が以前はありました。

ですが今は官邸主導になってしまったため、官邸とはすなわち国会議員が指名されて首相をやっていたり、国務大臣をしているわけですから、霞が関の人事は完全に国会議員に握られているのと同義です。

今回のように安倍首相と懇意の人物が官公庁のトップになることは好ましいことです。ですが菅直人元首相のような首相の一存で霞が関の中央省庁の事務方トップが決まってしまうという状況になってしまうことも今後あり得るということです。

以前のように国家公務員同士で決められていたころは「無難」な人が着任していたのでそれほど気にする必要はありませんでした。亀井静香元金融担当大臣のような人がめちゃくちゃなことをしても、その下で働いている審議官といういわゆる官僚と呼ばれる生え抜きの事務方トップがしっかりしていれば一応の秩序は維持できたわけです。

ですがいまでは金融市場関係者の間でも、大臣だけではなく事務方トップに誰が着任するかをしっかり把握していなければいけないものになってしまいました。

安倍首相の自民党総裁任期を最低でも3期目まで、できれば4期目までできるように党規を改定すれば2021~2024年まで安倍内閣でありその間はまともな人が事務次官になるでしょう。首相が誰かによって中央省庁が機能不全になるかどうかも決定されてしまうのが今の行政なので、そこはしっかり見ていく必要があります。